精神科看護師が本音で話す|#3 性被害にあった自分が、性依存症の治療に携わること

精神科看護師が本音で話す
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そういえば、10年ほど前に性被害にあった。

今思い出したような口ぶりだが、忘れたことはない。

 

今までそのことを積極的に話すことはなかったし、だからといって隠していたわけでもない。

話すことに抵抗があるかと問われると、特段そういうわけでもないと答える。

ただ、ほんとうにただ、話す場がなかったように思える。

 

では、なぜ今になって話そうと思ったのか。

それは、先日拝読した本『やっと言えた/齋藤美衣』と、関連のトークイベントに参加した影響が大きい。

 

 

誤解のないようにはじめにお伝えすると、その影響というのは、決して自分にとってわるいものではありません。

むしろ、蓋をしていたもの(という認識はなかったが、きっとそうなんだろうと思う)を覗く機会をいただき、「あぁ、今なのかもしれないなぁ」と思った。思えた。

感謝申し上げます。

ほんとうに、ただ、”あえて話そう”と思う場がなかったように思える。

 

なにかを語ることは、決意や覚悟によって無理に生まれることもあるが、語れる場や言葉との出会いによって、静かに立ち上がってくるものだと実感した。

齋藤さんの前作『庭に埋めたものは掘り起こさなければならない』を拝読したときにも感じたが、今回もまた、自然と涙が出てきたり、自身の体験を語りたくなった。

そう感じた途端に、自分はこんなにも”話したい人”だったんだと、驚くほどだった。

 

ちょっと、話してみようと思う。

このあと、性被害にあったときのことについて、思い出せるすべてを描写します。

読むことで体調が崩れそうだと感じた方は、どうぞ無理なさらずに、そっと画面をとじてください。

 

 

**************

 

 

その日は、趣味のカラオケオフ会に参加して、終電で自宅に帰った。

2015年、大学4年の春頃。5月か6月だったと思う。

音楽活動をしており、週末になると友人のライブを聴きに行ったり、自分もライブに出演したり、カラオケオフ会に参加したりと、そんな生活を送っていた。

 

当時はまだ実家暮らしで、最寄り駅に着いてから、イヤホンで音楽を聴きながら歩いていた。

カラオケオフ会に参加した日の帰りには、友人が歌った曲を調べて聴いたり、自分の録音した歌を復習がてら聴いたり、そんなことをするのがお決まりだった。

新宿からの終電、時刻は0時を過ぎた頃だった。

当時は父の職場の社宅に住んでおり、オートロックなんてものはなく、誰もが自由に出入りできる構造となっていた。

仮にオートロックがあったとしても、共連れという手口で後をつけられるケースもあり、もう、なんと言えばいいのかわからない。

 

わが家は両親と兄の4人家族。

3階建ての2階部分だった。

2階部分といっても、1階あたり2室分しかなく、2室×3階の計6室分。

そのブロックが3セット横並びになっている、計18室の集合住宅だった。

よくある、古い団地のような構造を想像していただきたい。

 

その階段、1階から2階に上がる途中で、背後から足音を感じた。

気のせいかとも思ったが、嫌な予感がした。

今思えば、とにかくダッシュして家に駆けこめばよかったのかもしれない。

バッグから鍵を出そうなんて考えず、チャイムを押せばよかったのかもしれない。

しかし、時間が時間だ。

大学4年生とはいえ、そこそこお堅い家庭だったせいか、終電で帰るのにも罪悪感があった。

たまに終電で帰るときには、背徳感をかかえながら、他の家族を起こさぬようにそっとドアを開けていた。

だから、とっさにチャイムを押すということをしなかったし、思い浮かばなかった気がする。

 

そして何よりためらったのは、もし背後に、ほんとうに不審者がいたとしたら、自宅の場所を知られてしまう。

自分が足音を感じたのは、1階から2階へ上がる途中。

おどり場といえるほど広いスペースではないが、ぐるりと折り返すあたり。

この先をのぼると2階に2室、3階に2室、計4室ある。

自宅に入らずに事を済ますことができたら、わが家を知られることはない。

家族が危険に晒されることもなく、心配をかけることもなく、何事もなかったことにできると思った。

そんなためらいがあり、すぐに自宅に入らずにいたところ、後ろから男がきた。

中年だろうか。

坊主で、眼鏡はかけておらず、見開くような目をしている。

あの形容しがたい表情は、なんだ。

奇妙。強いていうなら、奇妙。

今まで夢に出てきたことはなかったと思うが、その奇妙さは脳裏に焼きついている。

正常ではないものを感じとった。

下半身は裸、右手で性器を握りながら、左手でわたしのスカートをめくろうとする。

そのとき着ていたのは、当時気に入っていた、黄色の花柄の膝丈ワンピース。

どんな服装だったのかなんてことはまったく問題ではない。

単に事実として、情報として、浮かぶ情景を描写しただけのこと。

春には不審者が増えるとよくいわれるが、ああ、春なんだなぁ、と思った憶えがある。

そのときにではなく、どのくらい後かはわからないが、後になってからのことだ。

 

男はとにかく力が強かった。

自分は女性の中では力があるほうだと思うが、ほとんど同等の力だった。

小柄でガリガリの中年男性で、こんな力がどこにあるんだろうか、と思った。

幸いなことに、いやこんな状況で幸いなんてことはないが、攻防を繰り広げている最中に、物騒な武器は持っていないのだと察した。

怖いには怖かったが、安堵したのも確かだった。

死ぬことはないだろうな、と思ったから。

男の貧相な体型もあってか、”圧倒的な力でねじ伏せられるような怖さ”というものはなく、ひたすらに不気味だった。

比喩ではなく、ほんとうに人ではない生き物のような、無の表情で目だけ見開いており、口元が上がることも下がることもなかった。

必死に抵抗しながら、「やめてください」といった憶えはある。

1階から2階にかけての、やや1階寄り。

住民を起こさないように、毅然とした口調ではあるが、声量はまったくといっていいほど大きくなかった。

体感としては2-3分、実際にはどのくらいの時間だかわからないが、揉みあいになった。

2段ほど下から服を掴んでくる男の胸元を思い切り蹴り飛ばしたところで、相手が去っていったのを憶えている。

相手が階段から転げ落ちたのか、よろけた程度だったのか、その映像は残っていない。

ただ、ものすごい力で蹴り飛ばしたから、あばら骨が折れたかもしれない、頭部を強打していたらどうしようかと、一瞬だけ心配にもなった。

いやいや、正当防衛だ。

とにかく、去っていったんだ。

そう思った。

 

**************

 

おどり場からは外が見える構造になっており、どの方向に去ったのかも、まだ近くに潜んでいるのかもわからなかったが、今度こそ家に入った。

鍵で開けたのか、チャイムを押したのか、憶えていない。

ただ、玄関を開けるとすぐに母が立っていたことは憶えている。

「いま、痴漢がいて…」なんてことを、すぐさま話した気がする。

母はなんて言っただろうか。

 

驚いたような、困惑したような表情で、わたしが話すまで気付いていなかったことがわかった。

よかった、大きな声で叫んだわけではないから、きっと他の住民も起きてはいない。

そんなことを思った。

それから、「そういうときは叫んでいいのよ」と言われたのを憶えている。

「大きな声で叫んだ?」なんて聞かれたのかもしれないが、詳細は抜け落ちている。

 

「お父さん起こしてくるね」と、母が奥の部屋に入っていった。

自分は、そのまま玄関に立っていたんだろうか。憶えていない。

父が「警察に行こう」と話し、自宅から徒歩10分ほど、さっき通ってきた駅前の交番に行くことになった。

車では1-2分の距離。

父が運転し、2人きりの車内で、会話があったかどうかはわからない。

 

次の記憶は、交番についてから。

状況説明している。

わたしと父が並んで座り、対面に1人若い男性警察官がいた気がする。

そして、あとからきた中年の男性警察官が「(証拠)動画でも撮ってればねぇ」と、腕組みをしながら呟いたのを憶えている。

 

……。

バッグからスマホを取り出して、悠長に動画を回すことができた可能性なんて、どこにあるんだ。

そう思いはしたが、まぁ言わなかった。

 

それから、「勃起してたかどうか覚えてる?」と聞かれた。

ん……聞き違えたのか。

今、なんていった。

いや、確かにそういったよな。

だから嫌だったんだよ。

父にこんな思いをさせたくなかった。

「はい、していました」と素直に答える。

その質問がどう捜査に関係してくるのか、質問の意図の説明はされなかった。

きっと、必要なんだろう。

そうでも思わないと、やっていられない。

今ネットで調べれば答えはすぐにわかるだろうが、それを知ったところで自分が救われることはない。

 

「ああ、必要な問いかけだったなら仕方ないな」

「不要なら、あれは捜査ではなく何だったというんだ」

 

いずれにせよ何を思えばいいのかわからないから、そんなことに時間を使うことはしない。

ただ、父の前でそんな話をせざるを得ないことが、恥ずかしくて、悲しくて、父にはこんなことを経験しない人生であってほしかった。

 

それから、状況確認のため、現場である自宅に向かったのを憶えている。

行きに乗ってきた自家用車だったのか、パトカーだったのか。

記憶が薄れているが、パトカーだった気がする。

父は翌日、どこかに置いてある車をとりに行ったんだろうか。

それとも、自家用車で帰っていたんだろうか。

この期に及んでも、父の負担に意識を向けてしまう自分がいることに気付く。

 

自宅に向かう際には、女性警察官が同乗していたのを憶えている。

父か男性警察官か、どちらが何の車を運転していたのかはわからないが、2人が前方に座っていた。

女性警察官と自分が、後部座席にいる。

「怖かったでしょ」と寄り添ってくれる女性警察官。

「まぁ、看護学生で陰部は見慣れているのでだいじょうぶです、ハハッ」と気丈に振る舞った。

当時のことをふり返ったときに、鮮明に記憶していることと、そうでないことがあるが、これを言ったときのことはやけに憶えている。

交番から車で坂道を上がっていき、左に曲がるともうすぐ自宅につく頃。

そんな情景まで浮かぶ。

 

自宅の階段で、何をどこまで確認したのかはわからない。

すべてが終わって自宅に戻ると、深夜2時だったことは憶えている。

日曜日のカラオケオフ会。

翌日は月曜日で、父は変わらず仕事がある。

当時も申し訳なく感じていたが、自分が社会人になった今、父がどんな心身でその月曜日にいたのか、悲しくてたまらない。

 

当日か翌日か、父からは「少し前にも不審者がいたみたいで、○○さんちの××さんが後ろから抱きつかれたみたいだよ」なんて話があった。

その不審者が同一人物かどうかはわからないし、その後逮捕されたという話もない。

駅からずっとあとをつけられていたのか、建物入口の草木や車に隠れて誰かが来るのを待っていたのか、そんなこともわからない。

ただ、わたしは夜道にイヤホンをつけて歩くことはなくなり、30秒に1回くらいは後ろをふり返りながら、早足で帰宅するようになった。

今もあの形容しがたい表情で、どこかにいるんだろうか。

 

それ以降の思い出せる記憶といえば、その翌週の土日だかいつの日かわからないが、ライブのリハーサルのシーンだ。

2015年の8月に品川プリンスホテルのステラボールで開催される”nanaフェス”に出演するため、nana公式の運営陣と、同じく演者の友人たちと、リハーサルをしていた。

当時のわたしといえば、カラオケオフ会でも、ライブでも、一音も逃すまいととにかく集中して聴いていたことを憶えている。

そのわたしが、リハーサル中に目をつむって、少しでも心身を休ませようとしていた。

眠くて寝ようとしていたわけではなく、あくまでも起きているが閉眼した状態で、意図的に自分を休ませようとしていた。

だから、隣にいた友人男性2人が

「つむ、寝てるね。珍しい、こういうとき絶対起きてるのに」

「まぁ……いろいろあったんでしょ」

と話していたのが、しっかりと耳に届いている。

目を開けるに開けられず、たぬき寝入りをしながら(といっても元々寝るつもりはなかったわけだが)耳を傾けていた。

 

ということは、この後者の友人には話しているわけだ。

どんなふうに伝えたのか憶えていないが、起こった出来事が最低限伝わる形で、それとなく話した気がする。

他に話した人がいるかというと、わからない。

 

**************

 

ここまで掘り起こしていて気付いたことは、とにかく「両親にこんな経験をさせたくなかった」ということだ。

恥、悲しみ、恐怖、気味悪さ、申し訳なさ……

どの感情がいちばん大きいのかはわからないし、さほど重要ではない。

とにかく、なかったことにしたかったんだろう。

両親がかわいそうだし、そう感じる自分もかわいそうだ。

 

ざっと書いた文章を読み返したときに、一点だけ補足を伝えるのならこの部分。

今思えば、とにかくダッシュして家に駆けこめばよかったのかもしれない。

バッグから鍵を出そうなんて考えず、チャイムを押せばよかったのかもしれない。

これは決して自分の行動を悔やんでいるわけでも、責めているわけでもない、ということは伝えておきたい。

そうするしかなかったのだし、わたしがどうしたにせよ、非はない。

暗い夜道にイヤホンをつけて歩いていたとか、長いとはいえないスカートだったとか、大声で叫ばなかったとか、すぐにチャイムを押さなかったとか、どれひとつとっても非はない。

事実として、情報としてそれを伝えただけで、それ以上の意味はない。

このことを伝えておかねば、わたしが自分を責めているのだとみなさんを心配させてしまうかもしれないし、それどころか、これを読んで自責の念に駆られる人を生み出してしまう。

そのときどんな状況だろうと、わたしに、そして程度の大小はあるにせよ似たような経験をしたあなたに、非はない。

これは伝えておきたい。

 

**************

 

ところで、だ。

わたしは今、依存症治療に携わっている。

人にとっての依存対象というものは無限に挙げることができるが、あえて挙げるとするなら、アルコール、ギャンブル、薬物、窃盗、ネット、ゲーム、買い物、ホスト、地下アイドル、そして性。

これらをメインに携わっている。

そう、性にも依存症というものがあるのだ。

合法・違法の違いはあるが、風俗、不倫、不特定多数との性行動、性加害……ストーカーやDVもここに含まれることがあったりなかったり。

テレビやネットニュースに挙がった方が通院治療をはじめることもあれば、通院治療していた方が再度テレビやネットニュースに挙がることもある。

警察対応や弁護士対応に追われることも、悲しいことに珍しくはない。

捜査や裁判のために、医師の指示のもとで書類の下書きをしたり(最終的な記載内容の確認や署名は必ず医師が行う)、膨大な量のカルテを印刷して送付することもある。

ポストに投函しながら、いったい自分は、今なんの仕事をしているのだろうか。

そう思うこともある。

 

では、自分はどんな気持ちでこの現場にいるのか。

小児性愛、盗撮、下着の窃盗、住居侵入、強姦など、そんな言葉が至るところに散りばめられているカルテを見ながら、どんな気持ちでいるのだろうか。

 

「性被害にあった自分が、性依存症の治療に携わること」なんていう題をつけておきながら、特段答えが出ているわけではありません。

自分でもわからない。

性被害を減らすために、性依存の治療に携わる。

性に合う・合わないがある中で、自らこの仕事を選ぶくらいには関心を寄せているのだから、そういう人が治療に携わればいい。

そんな使命感のようなものでもあるんだろうか。

これは多少あるのかもしれないが、「おれの目が黒いうちに根絶するぞ!!」と意気込んでいるわけではない。

依存症治療の中に”性依存”というものも含まれるなら、ほなやるかぁ。

そんなトーンのほうが近い。

 

嫌悪感はどうだろう。

ないといったら嘘になる。

ただ、自分がそうなっていたかもしれないと、他人事ではいられない。

いや、さすがにないでしょ。

と言いたいが、言い切れない。

言い切ってしまうことの危険があると感じている。

自分の加害性に無頓着ではありたくない。

生きている限り、無意識に誰かを傷つけてしまう。

この文章を書くときに、悲痛な描写があることを前置きして読者への配慮を…と心掛けたつもりではあるが、それでもきっとわたしの言葉のどれかに傷つく人はいる。

生きるってむずかしいね。

この記事タイトルを宿題にして、問いをかかえて働きます。

 

どう締めようか迷うけど、この文章がどうかたくさんの人に届き、どうか両親には届きませんようにと願っています。

葉山つむぎという、都合のいい筆名があってよかった。

こんな悲痛な文章。

読んでくれと乞うていいのかわかりませんが、こうしてわたしに関心を寄せてくださるやさしいみなさんが、少しでも幸せでありますように。

 

 

 

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