病棟時代、夜勤中のちょっとした余白の時間に、カルテの生育歴を眺めるのがすきだった。
わたしが働いていた精神神経科病棟は、いわゆる「精神科救急」と呼ばれる、地域の精神医療の受け皿としての役割を担っていた。
具体的には、重症な方を受け入れたり、当番制で措置入院が必要な方の対応を行う。
警察官や市の職員が夜の病棟まで同行することもあった。
深夜の緊急入院は少なくなかったが、慌ただしい中にもわずかな余白はあった。
落ち着いているタイミングでは、その日の夜勤ナースと近況を話したり、飲みに行く予定を決めたりもした。
そこまで親しい間柄ではないスタッフとの勤務では、参考書を読んだり、勉強会の資料を作ったり、看護サマリーをまとめたり。
日々の通常業務に加えて、とにかく+αの仕事が多かった。
残業代がつかないことも多く、夜勤中の余白にねじ込むしかなかった。
時間を捻出して、やるべきこと・やりたいことが多々ある中で、カルテに書かれている生育歴を読むのがすきだった。
家族構成や同居者、出生から学生時代、職業、日常生活まで。
今までどう生きてきて、これからどう生きたいか。
人の歩みというものに関心があった。
そんな生育歴をじっくり読んだからこそ、一見奇怪にも思える言動が、症状の類ではないことに気付くこともあった。
一人ひとりの本来の言動や性格、暮らしぶりが見えてくることもあり、誤解のないように、丁寧に物語を読み解くような感覚だった。
日本の方ですら相手のことを正しく理解するのは難しいのに、馴染みのない国籍の方の入院では、さらに頭を悩ませた。
その国の慣習なのか、その方の本来の言動なのか、あるいは精神症状により出現しているものなのか。
判断がつきにくい。
たとえば、トイレの床や壁に濡らしたペーパーを貼り付け、蛇口の水を出しながら祈りをささげている。
これはいったい、なんでしょうか。
どんな価値観のもと、どんな言動につながっているのか。
相手をよりよく知るために、カルテをじっくりと読み解くようにした。
もちろん、生の声に勝るものはない。これは間違いない。
しかし、精神症状が悪化しているとき、また多忙な病棟業務の中では、じっくり話す時間を確保することは容易くない。
そんなとき、カルテの情報が一助となるのは確かだった。
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以前、コピー仲間のみなさんとの飲み会で、「どうやってコピーを作るか」という話になった。
先入観のない第一印象から感覚で言葉をつむぐ人もいれば、ありとあらゆる情報を読み込んで分析し、現代国語の問題を解くように言葉を練りあげる人もいる。
そんな話で盛り上がった。
自分はというと、後者のタイプだと思っていた。
課題のオリエン文を読んだら、企業や商品に関する記事、SNS、口コミなどを片っ端から調べる。
そりゃあもう、ストーカーかってくらいに隅から隅まで眺めて、キーワードを見つけて広げていく。
そんなやり方で進めることが多かった。
「先入観のない状態で書きはじめる」という方法を教えていただいてからは、まずは前情報なく書けるところまで書いてみるようになった。
行き詰ったらそこでようやく調べて、情報を持った上でまた書き進める。
最近はそんな方法を試している。
(結果は伴っていないが)
人を知ることも、コピーを作ることも、近しいことをしていると思う。
先入観なく話を聞くことと、既存の情報を丁寧に読み解くこと。
両方がそろって初めて、その人の本来の姿や言葉の芯が見えてくるのだと思う。
自分一人では知りえなかった世界にふれられるのもいいよね。
患者さんや利用者さんに教えてもらってすきになったものも、コピーの課題をきっかけにすきになったものもある。
先週末とかあれよ。
たまたま「tvkハウジングプラザ横浜」っていう、日本最大級の住宅展示場の横道を通ったのよ。
久しぶりにラジオCMの課題を眺めて、SBCハウジングで応募したばっかりだったから、妙にテンションがあがっちゃって。
夫に「ちょうど最近考えてたのよ~」と報告して、よくわからんけど楽しそうでよかったねと言わんばかりの、あたたかい眼差しを向けられたところでした。
これからも、人というものに関心を持ち続けたいです。


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